療育に通っても困りごとは消えない。それでも通って良かったと思う理由

療育に通っても困りごとは消えない。それでも通って良かったと思う理由

我が家の三兄弟は全員療育に通っています。

長男は2歳から。

次男は3歳から。

三男は1歳半から。

気づけば療育は我が家の日常の一部になりました。

でも、もし今、

「療育って効果あるんですか?」

と聞かれたら、私は少し考えてから答えると思います。

なぜなら、療育に通ったからといって困りごとがなくなったわけではないからです。


療育に通えば「普通」になれると思っていた

長男が療育へ通い始める前。

私は療育に対して大きな勘違いをしていました。

療育へ行けば困りごとが減る。

療育へ行けば集団行動ができるようになる。

療育へ行けば普通に近づく。

そんなふうに思っていました。

今思えば、

「普通になれる場所」

だと思っていたのかもしれません。

そして、

子どもだけが通って訓練のようなことをする場所だとも思っていました。


実際は全然違った

私が選んだ療育は親子で通うスタイルでした。

子どもだけを預けるのではありません。

親も一緒に参加します。

子どもたちは遊びながら活動します。

工作をしたり。

体を動かしたり。

絵本を読んだり。

一見すると、

「本当にこれでいいの?」

と思うほど自由でした。

でも、その時間の中で私はたくさんのことを学びました。


子どもより私の方が学んでいた

療育で学んだのは、

子どもを変える方法ではありませんでした。

子どもを理解する方法でした。

長男はなぜ切り替えが苦手なのか。

次男はなぜ爆発するのか。

三男はなぜ止まれないのか。

困った行動だけを見るのではなく、

その背景を見ることを教えてもらいました。

そして、同じような悩みを持つ保護者とも出会いました。

それまでは、

「うちの子だけがおかしいのかな」

と思うこともありました。

でも療育へ行くと、みんなそれぞれ違う悩みを抱えながら頑張っていました。

その存在に何度も救われました。


長男は今でも切り替えが苦手

療育へ通ったからといって、長男の特性がなくなったわけではありません。

4年生になった今でも、気持ちを切り替えることは苦手です。

思い通りにいかないと怒ることもあります。

大きな声を出すこともあります。

でも今は、それが長男の特性だと理解しています。

そして長男自身も理解しています。

だから、

事前に予定を伝える。

見通しを持たせる。

視覚的に説明する。

本人が決められる部分を残す。

そんな工夫をするようになりました。

上手くいかないことは今でもあります。

でも以前より自分で予防したり調整したりできるようになっています。


次男も相変わらず怒られている

次男も療育へ通ったからといって別人にはなっていません。

今でも物の管理は苦手です。

やらなければいけないことより、楽しいことが最優先です。

宿題を後回しにして怒られることもあります。

野球に夢中になって時間を忘れることもあります。

でも保育園時代のように、感情のまま爆発することは減りました。

感情が先に出ることはあります。

それでも本人なりに我慢したり、

飲み込んだりできるようになっています。


三男はまだまだ途上中

三男は現在進行形です。

療育へ通っているから楽になったかと言われると、正直まだ分かりません。

相変わらず走り回ります。

相変わらず飛び出します。

相変わらず体力おばけです。

毎日振り回されています。

でも、

どうしてそうなるのか。

どんな時に暴走しやすいのか。

少しずつ分かってきました。

それだけでも昔よりずっと楽です。


ふと気づく。「私が変わったな」と思う瞬間

療育へ通っていて、一番変わったのは子どもではなく私かもしれません。

ふとした瞬間に思うことがあります。


前の私だったら怒っていたな。

前の私だったら無理やりやらせていたな。


そんな瞬間です。

長男が活動に参加したがらない時。

次男が癇癪を起こした時。

三男が暴走している時。

昔はなんとかして普通に合わせようとしていました。

でも今は違います。

どうしてそうなったのか。

何に困っているのか。

まずそこを考えるようになりました。

気づけば無意識に行動が変わっていました。


療育は子どもを矯正する場所じゃなかった

長男の療育が始まった頃。

私は療育を「矯正」に近いものだと思っていました。

でも今は全く違う考えです。

療育は子どもを普通にする場所ではありません。

子どもの出来ることと出来ないことを知る場所。

親が子どもを理解する場所。

そして、生きづらさを減らす方法を学ぶ場所

そんな場所だと思っています。


大人になった時のために

私は療育の価値は、子どもの頃だけのものではないと思っています。

大人になった時。

社会に出た時。

上手くいかないことにぶつかった時。

自分の特性を理解しているかどうかはとても大きい。

何が苦手なのか。

どうすれば上手くいくのか。

誰に助けを求めればいいのか。

療育はそういうことを少しずつ学ぶ場所なのだと思います。


困りごとは消えなかった。でも生きやすくなった

療育に通ったからといって、困りごとがゼロになったわけではありません。

長男も。

次男も。

三男も。

今でも困ることはたくさんあります。

でも、困りごとの理由が分かるようになりました。

対処法も分かるようになりました。

そして何より、子どもたち自身を理解できるようになりました。

だから私は今、

療育は子どもを変える場所ではなく、

親も子どもも生きやすくなるための場所だったと思っています。