長男が療育へ通い始めた頃、私は次男について何も心配していませんでした。
むしろ逆です。
何でもそつなくこなす。
友達も多い。
先生からの信頼も厚い。
保育園では中心的な存在でした。
だから数年後、また保育園から療育を勧められることになるなんて、夢にも思っていませんでした。
小さい頃はむしろ大人しい子だった
次男は小さい頃、とても大人しい子でした。
運動は好きだけれど、長男のようにマイペースなこだわりが強いわけでもない。
言葉の発達が遅いわけでもない。
目立った困りごともありませんでした。
だから私の中では、
「この子は大丈夫」
という認識でした。
ところが、成長するにつれて少しずつ様子が変わっていきます。
気づけば、お調子者でムードメーカーのような存在になっていました。
自分がふざけてみんなが笑ってくれるのが嬉しい。
天然で笑いを取る長男を見ては、自分も同じように笑ってもらおうと真似をする。
とにかく人が好きで、人に注目されることが大好きな子でした。
保育園の人気者だった
次男は保育園でも目立つ存在でした。
友達が多く、社交的。
リーダー役になることも多かったそうです。
先生からの期待も大きかったと思います。
でも今振り返ると、それが次男にとってはしんどかったのかもしれません。
次男は期待されると頑張るタイプです。
「ちゃんとしなきゃ」
「できなきゃ」
「期待に応えなきゃ」
そんな気持ちを強く持っていました。
そして頑張りすぎた結果、限界を迎えると爆発する。
それが次男の困りごとでした。
保育園から療育を勧められた日
3歳になる少し前。
保育園から相談がありました。
感情的になりやすいこと。
怒ると暴言や暴力が出ること。
一度スイッチが入ると止まらなくなること。
本人も困っていそうなのに、うまくコントロールできないこと。
正直なところ、最初はあまりピンときませんでした。
家ではそこまで困ることがなかったからです。
家では見えなかった次男の苦しさ
家では、大人の目が自然と次男に向いていました。
でも保育園は違います。
先生は自分だけを見てくれない。
発表で手を挙げても当ててもらえない。
自分がやりたい遊びを提案しても別の案が採用される。
遊びの途中でルールが変わる。
そんな些細なことが許せませんでした。
発表で手を挙げたのに当ててもらえず、大暴れしたこともあったそうです。
次男はとにかく
「自分を見てほしい」
という気持ちが強い子でした。
そしてプライドも高い。
できないことがある。
思い通りにいかない。
そんな時に感情が爆発してしまっていたのです。
長男とは真逆だった療育
療育先は長男と同じ場所でした。
長男の付き添いで行ったこともあったので、場所も先生も知っています。
だからでしょうか。
初日から物怖じする様子は一切ありませんでした。
むしろ我が物顔。
活動にも積極的に参加。
先生にもどんどん話しかける。
長男が活動に入れず様子を見ていることも多かったのに対して、次男は真逆でした。
とにかく目立つ。
とにかく参加する。
とにかく自分を見てほしい。
そんな感じでした。
そして療育の中で先生にしっかり受け止めてもらうことで、少しずつ落ち着いていきました。
満たされることで、爆発する場面が減っていったのです。
野球との出会い
療育へ通い始めてしばらくした頃。
次男が言いました。
「野球がやりたい」
正直、有り余る体力の発散先としても良いと思いました。
年少から入れるクラブチームを探して入団。
最初は親と離れるのが嫌で泣くこともありました。
辞めたいと言ったこともありました。
でも私は簡単には辞めさせませんでした。
次男は嫌なことがあると逃げたくなるタイプだったからです。
自分からやりたいと言ったことくらいは続けてほしい。
そんな思いもありました。
今でもその性格はあまり変わっていません。
でも野球だけは続いています。
小学校入学後は学校のクラブチームへ移り、今では週4日通っています。
野球が大好きなことは昔も今も変わりません。
年中の冬、限界が来た
転機になったのは年中の冬でした。
通っていた保育園が次男には合わなくなっていました。
先生との相性も良くなかったと思います。
毎日のようにトラブル。
怒られる。
泣く。
暴れる。
保育園から報告を受ける。
私もかなり疲弊していました。
そんな時、療育の先生から言われました。
「もう少し少人数の環境の方が合うかもしれませんね」
転園が人生の転機になった
年度途中ではありましたが、小学校併設の幼稚園へ転園しました。
結果から言うと、大正解でした。
先生方は次男の特性を理解しようとしてくれました。
お友達も自然に受け入れてくれました。
そして何より、次男自身が安心して過ごせるようになりました。
それまでの次男は、
「自分が!自分が!」
という気持ちが強かったのですが、
少しずつ周りを見られるようになっていきました。
友達を尊重する。
順番を待つ。
譲る。
そういったことが自然とできるようになっていったのです。
支援級か通常級か
就学が近づく頃には、困りごとはかなり減っていました。
正直、普通級でもいけるかもしれない。
そう思っていました。
でも不安もありました。
幼稚園は10数人。
小学校の普通級は倍以上。
せっかく落ち着いてきたのに、また保育園の頃に戻ったらどうしよう。
そんな不安が消えませんでした。
周りからは、
「もう支援級はいらないんじゃない?」
とも言われました。
それでも私は支援級を選びました。
支援級に入れなかった後悔より、
入れてみて必要なかったね、の方が良い。
そう思ったからです。
まさかの兄弟同じクラス
そして入学して驚きました。
長男と次男が同じ支援級になったのです。
支援級は複数の学年が一緒になることが珍しくありません。
でも兄弟で同じクラスになるとは思っていませんでした。
家では毎日のように喧嘩している二人です。
不安しかありませんでした。
担任の先生にも、
「ご迷惑をおかけするかもしれません」
と伝えていました。
でも結果は全く違いました。
学校から兄弟トラブルの報告はほとんどありませんでした。
むしろ長男が支援級の先輩として次男を助けてくれていたようです。
忘れ物をフォローしてくれたり。
困った時に声をかけてくれたり。
家では見られない兄の姿でした。
不安が強く失敗を恐れる次男にとって、同じ教室に兄がいたことは大きな安心材料だったのだと思います。
そして通常級へ
小学校生活が始まって間もなく、次男から言われました。
「幼稚園のみんなと同じクラスが良かった」
その言葉を聞いてから、たくさん悩みました。
学校の先生。
療育の先生。
家庭での様子。
色々な人の意見を聞きながら考えました。
交流級でも楽しそうに過ごしている。
友達もたくさんいる。
本人も意欲的。
それなら大丈夫かもしれない。
そう判断し、2年生から通常級へ移りました。
今の次男
今では自分から学級委員に立候補するほどです。
友達もたくさんいます。
野球も大好きです。
もちろん困りごとがゼロになったわけではありません。
やらなければいけないことを後回しにして、最後に泣くこともあります。
面倒なことは嫌いです。
プライドも高いです。
でも、それも含めて次男です。
おわりに
長男の療育を経験していた私は、次男のことも分かったつもりになっていました。
でも全然違いました。
困りごとの形は人それぞれです。
兄弟でも全く違います。
目立つ困りごとだけが困りごとではありません。
一見問題なく見える子にも、その子なりの苦しさがあります。
次男の療育を通して私が学んだのは、発達特性を見ることではなく、その子自身を見ることの大切さでした。
もし今、
「この子は大丈夫だと思うけど、少し気になる」
そんな気持ちを抱えている方がいたら。
大丈夫かどうかを決めつけなくてもいいと思います。
その子に合った環境を探しながら、一緒に成長していけばいい。
私は今、そう思っています。